渡米生活。(日記)

渡米生活。本家から切り離しました。あまり渡米生活に関係のないプログラムネタや音楽ネタなど。

楽譜を自費出版するには(オーケストラ)

オーケストラのフルスコア+パート譜自費出版について、色々試行錯誤をしましたので、備忘録として残しておきます。

楽譜のダウンロード販売や、オンデマンド印刷について興味のある方は、以下の記事をご覧下さい。
JASRAC管理曲の楽譜をダウンロード販売する(ついでに紙の楽譜もオンデマンド印刷)

以下もくじ。

1)楽譜出版が可能な条件
2)JASRACへの手続き(作曲者がJASRAC会員の場合)
3)楽譜の浄書
4)印刷所の選定と経費

1)楽譜出版が可能な条件

言うまでもないことですが……
出版に関する全ての著作権を保持しているか、または全ての著作権者から出版の権利を認められている場合以外は、楽譜出版はできません。
歌詞付きの曲、編曲ものの場合は、著作権者が複数いる場合がありますので、ご注意を。
(実を言うと、著作権者がJASRAC会員である場合は、JASRACに使用料を払うことで、この問題はクリアされます。というのは、JASRAC会員はその許可を出す権利をJASRACに信託しており、JASRACは「この相手には許可を出したくない」といった例外を認めないからです。ポピュラーミュージックの器楽編曲楽譜の出版、とくに個人でやっているオンライン出版などは、原曲作曲者に連絡をとらずにJASRACに使用料を支払うだけ、というケースが多いと思います。
しかし、歌詞の方はJASRACと契約していない方も多いので、注意が必要です。器楽編曲で歌詞はいらない、という場合でも、著作権は作詞者と作曲者の共同権利になっていますので、双方の許可を得る必要があります。)

2)JASRAC等への手続き(作曲者がJASRAC会員の場合)

JASRAC会員の方は、自分の楽曲を自分で使用する(この場合出版する)場合でも、楽譜販売で利益が出る場合は著作権使用料を支払う必要があります。
自分のものを使って何故使用料が必要なのか、と思われるかもしれませんが、JASRACの場合は信託契約ですので、著作権使用料の業務を「委託」しているのではなく、著作権使用料を徴収する権利そのものを「信託」しているため、このような形になります。
勿論、支払った使用料は、JASRACの手数料を差し引いた後に使用料分配の形で戻ってきます(使用楽曲に共同権利者がいる場合は、そちらにも分配されます)。

以前は、著作権使用料を支払うと、認可番号入りのJASRACシールが送られてきて、それを楽譜に添付して売ること、となっていました。
しかし、近年このJASRACシールが廃止され、印刷物に直接認可番号を印刷するように変更されました。
というわけで、目当ての楽譜を印刷する前に、発行部数と定価を決めてJASRACに届けて認可番号をもらう必要があります。
認可番号自体は申請すれば割合に早く出してもらえますので、印刷所に見積もりをとり、定価を設定した後すぐにJASRACに届けて認可番号をもらい、印刷する楽譜の原稿の奥付部分に指定の書式で認可番号を書き込んでから入稿すれば良いと思います。

一方、楽譜販売で利益が出ない場合、つまり、自分の楽曲を広めるため、プロモーションの目的で楽譜を作成したい、といった場合には、一定の条件を満たすと、JASRACの「自己使用規定」の適用が受けられる場合があります。2013年現在、その条件は以下の通りです。

  1. 当該著作物の利用の開発を目的とした使用であること(「PROMOTION ONLY」「プロモーション用」などと表示する)
  2. 日本国内における使用であること
  3. 使用の都度、使用の1週間前までに所定の書式によりJASRAC担当部署に届け出ること
  4. 当該著作物に係る全ての関係権利者(音楽出版者を含む)の、所定の書式による同意書を提出すること
  5. 発行者が委託者本人であること(委託者本人と同一視し得る親族または個人事務所等を含む)
  6. 著作物の提示につき対価を得ないこと(ただし製作費等の実費相当の対価は対価とみなさない)
  7. 同一の使用の中で、自己の著作物以外の著作物を使用する場合は、当該著作物の使用について、別途当協会(JASRAC)の許諾を得ること

2018.4.28 追記:
JASRACの自己使用規定が変更されました。条件付きで利益が出る商品でも自己使用が認められるそうです(部数などに制限あり)。
ただし、そのかわりに、オンラインでの公開にも期間やダウンロード数などの制限がつきました。
くわしくはJASRACにお尋ねください。

いずれにしても、JASRACに届出が必要という部分は変わりませんので、早めにJASRACの担当部署に相談するのが良いと思います。


3)楽譜の浄書

最近はコンピュータで楽譜を書く方が増えているので、曲が出来たときにはスコアとパート譜も出来ている、といったケースが多いと思いますが、手書き派の方はここで浄書屋さんに版下となる楽譜を作ってもらうことになります。
10分のオケ譜でいくらになるかは……頼んだことないのでわかりません(^^;)。

楽譜の浄書というと、あまり普段は意識されない作業ですが、実はとても大事です。

楽譜というのは、演奏中に短時間で視線を走らせて読み取るものです。演奏家は、音符の一つ一つを真面目にじっくり見るのではなくて、現在演奏している数小節前をざっくり眺めて、頭に叩き込んで演奏します(でないと間に合いませんから!)。
それでいて、間違うことは許されないのですから、非常に高度かつ精密な作業を短時間で行っているわけです。

楽譜は、そういったハードタスクをこなしている演奏家にとって、可能な限り読み易いように作られている必要があります。素人がかいた楽譜が非常に読みにくいのは、そういった配慮がなされていないからです。

Finaleなどの楽譜ソフトも、今でこそ、それほど違和感を感じないレベルの楽譜を作るようになりましたが、最初は惨惨たるもので、付点音符がやたら間延びしていて見にくかったり、十六分音符のつまり方が十分でなくつい八分音符で演奏したくなってしまうような楽譜だったり、と色々ありました。

現在のFinaleでも、プロの浄書屋さんや、まともな楽譜出版社の編集の目からすれば、とてもそのまま商品にできるシロモノではない、と仰ると思います。昔は音符ひとつひとつをハンコで押して浄書していた楽譜も、流石に現在ではコンピューター浄書が主流になっていますが、それでもプロの方々は記号の場所や音符の間隔、指示記号の付け方など、最新の注意を払って微調整を繰り返しています。

こういった作業を外注すれば、勿論それなりのコストがかかりますが、本当に美しい楽譜を作りたい方は、検討する価値があるかもしれません。

まあ、とりあえず不都合なく読めればいいや、という方や、微調整は自分でやります、という方は、印刷会社にどのようなものを選ぶかによって、最終原稿の形が決まります。
多くの場合は、今の御時世、多分PDFファイルでOKだと思いますが。
(ただし、フォントが全部埋め込まれている必要があります。殆どのソフトはデフォルトでそうなりますが、フリーのpdf作成ソフトなどを使うと怪しい場合もあります。)

ちなみに、浄書屋さんのファイルはイラストレータ書類だったりすることもあるみたいです。音符や記号の位置を微調整したいなら、たしかにその方が便利でしょう。まさにアートの粋!

4)印刷所の選定と経費

さて、印刷をどうするか、というのは、個人出版を考えるときには最大の焦点だと思います。
まず、大手音楽出版社が使うような印刷会社は、よほど資金が潤沢にないと無理でしょう。(というか、そもそも個人相手では取引してくれないかも。)

というわけで、電子出版を考えるのでない限りは、自費出版を請け負ってくれる、比較的小さな印刷会社に完全原稿を持ち込む、という形になると思います。
幸いなことに、日本は自費出版文化が盛んなため、このタイプの印刷会社は非常に沢山あります。
まあ、ホームページを見ると、ゲームやアニメーションのキャラクターが溢れていたりしてビビるようなケースもあるかもしれませんが……
(こういった会社でも漫画原稿以外の印刷もやってますので、大丈夫です。むしろ、細かい線の印刷に慣れているので、楽譜も上手く印刷してくれるかも。)

さて、こういった印刷会社に頼む場合に注意すべき点がいくつかあります。

まず、印刷会社によっては、一般印刷と同人印刷の二種類の受付をしているところがあります。この場合、一般印刷扱いで発注するか、同人印刷枠で発注するかで値段が2倍〜3倍くらい変わります。同人印刷が安いのには理由がありますので、そのあたりを細かく印刷屋さんに説明して頂いた上で、どちらにするか決めるのが良いと思います。

印刷屋によって異なりますが、よくある一般的な違いは、同人印刷の場合は版に少部数印刷用のものを使っている(通称ピンク版と呼ばれる紙版)、紙の目を気にしない(紙にも布地のように方向があるのです)、といった感じです。
特に、数百部までの少部数発行の場合、版の違いはコストに大きく響きます。

もう一点、非常に大事なのは、印刷の品質です。
こればかりは、その印刷会社で印刷されたものを見て判断するしかありません。
高価な版を使えば印刷品質が良くなるのは一般論としてそうですが、実は、印刷会社の腕とこだわりが最も強く出る部分でもあります。
「うちは綺麗な印刷に命をかけています!」という印刷会社もあれば、「納期2日でオフセット印刷可能!」というような納期で勝負の会社もあります。
ことに、楽譜を印刷する場合、後者よりは前者の方が適しているのは間違いありません。

縮小されたフルスコアなどの場合、細いスラーやテヌート、スタッカートの点などを綺麗に出せるか?
逆に、へんなゴミ点が入って、四分音符が付点四分音符になってしまうような危険はないか?
具体的に原寸の原稿を印刷会社に持ち込み(あるいはデータで送り)、この線は出ますか? といった相談は是非すべきです。

一般論として、0.2ポイント以下の線は保証しない、というのが軽印刷の場合の基準です。
残念ながら、フルスコアをA4で印刷するような場合、これよりも細い線だらけ、というのが実情だと思います。
しかし、中には0.2ポイント以下の、途切れそうな細い線でも綺麗に出してくれる印刷所もあります
(同じページにベタやインクの濃い部分があると無理ですが、楽譜印刷の場合そういったケースはないと仮定して)。
一方、ピアノ譜や楽器のソロ譜などはそんなに細い線はないでしょうから、そこまで印刷品質に神経質になる必要はないかも知れません。

印刷を綺麗に出すには、紙を選ぶことも重要です。
印刷会社には色々な本文用紙がありますが、線を綺麗に出したい場合には、上質紙が一番良いとのことです。(クリーム色の紙がいい人は淡クリームキンマリもおすすめ)
上質紙は厚さ(重さ)のバリエーションも色々ありますが、70kgでは楽譜が裏映りして見にくいので、我々は90kgを使いました。

原稿については、最近はpdfなどのデジタルデータでの入稿をサポートしているところが多くなっていますが、印刷された紙の原稿しか受け付けないところもあります。その場合は、所定の書式に従って紙の原稿を用意する必要があります。

なお、蛇足ですが、殆どの町の印刷会社では、A3の中綴じ製本は出来ません。(無線綴じは可)
これは印刷機のサイズの限界がA3のことが多く、A3中綴じの本を作るにはA2サイズの印刷が出来なければならないからです。
というわけで、指揮者用スコアを中綴じで作るのは大変難しくなります。
無線綴じは90度以上のヒラキに弱いため、指揮用スコアのように180度広げて使用するようなケースでは、まず間違いなくページ抜けが起こります。
我々も、色々検討しましたが、手持ちの予算内ではよい解決法がみつからず、結局指揮用スコアの自費出版は断念しました。

さて、ある意味スコアの印刷は冊子ですので、そう難しくはないのですが……。
問題は、パート譜です。

パート譜も全て印刷譜で提供する場合、1セットで演奏が可能になるよう、弦パートは多めに印刷するなど、部数を調整しなくてはなりません。
パート毎に別々に印刷する必要があるのは勿論、紙も、譜面台に立てて使えるよう、ある程度厚いものにする必要があります。
上質紙だと90kgでは多分倒れてくるので、110kg以上、という感じになると思います。当然、分厚い方が紙の単価は上がります。
(バイオリン譜などページ数が多く、中綴じにする場合は90kgでも良いでしょうが)
また、大抵のパート譜は見開きになるので、「面付け」と言われる作業も必要です。
(面付けの方法がわからなければ、市販の楽譜を見本として持っていき、どんな原稿を作れば良いか、印刷会社に尋ねる)
特に、フル編成のオーケストラとなると、こういったパート譜を20種類程度(あるいはもっと多く)作ることになります。
というわけで、ほとんどの場合、フルスコアよりもパート譜の印刷でかなり手間もコストがかさむと思います。

実は、我々も最初は紙のパート譜を付けるつもりで試算をしたのですが、それでは予算を大幅に超えてしまうこと、また印刷された楽譜の保存スペースもばかにならないことから、結局パート譜はプレスCDに収めたPDFファイルで提供する方針に変更しました。
最近は、CDプレスもかなり値段が抑えられてきています。
また、CDから直接プリントする分には、プリントできる枚数に制限がありませんので、弦パートが足りない、などの問題が起こりません。
難点は、楽譜を購入される方がCDドライブ付きのコンピュータを持っていること及び、プリンタを所持していることが条件になることですが、これに関しては、その環境がない方向けに個別にプリントサービスをする等で対応する予定です。

これをもっと推し進めて、いっそフルスコアも同じCD(またはDVD)に収めてしまう、という考え方も出来ます。
この方法ですと、ジャケット代全部含めても5万円以下で100部程度の楽譜出版が可能になります。
(ただし、この場合、全てがデジタルデータになっていることから、オリジナルとコピーの区別がつかないため、違法コピーを取り締まることは実質ほぼ不可能になると思われます。……といっても、現状、紙媒体の違法コピーも殆ど野放しですが。)

JASRACに問い合わせたところ、パート譜のみCDに収録してスコアに添付、といった場合には、CD中に含まれるものが楽譜のみである限りは、著作権使用料は紙の楽譜と同様に計算されるとのことです。
ただし、どうせCDに収めるなら、サンプル音源も一緒に、ということになりますと、音源の部分には別途録音物に対する著作権使用料がかかりますのでご注意下さい。


販売楽譜は、基本的に本当に薄い利益しか出ません。
自費出版で経費を極限まで抑えても、です! なにしろ、よっぽどのヒット曲でない限り、たった100部売り切るのだって、何年もかかりますから……)
しかし、演奏者側から見れば、レンタル楽譜よりもずっと手に取りやすいこともあり、沢山の方に曲を知ってもらうには良い方法です。
自費出版の良いところは、万が一たった1部も売れなくても(!)損失が限定されている、という点です。
曲の長さや編成、印刷所の選び方によっては、国内旅行1回分くらいの経費で出版出来ます。

最近はFinaleなどで作曲していて、プロの浄書に頼まなくても、そこそこ見栄えの良い楽譜が作成出来る方も多いと思います。
出版社から楽譜を出版するのは無理でも、楽譜を自費出版してみたい、という方の助けになれば、と思い、こんなエントリーを書いてみました。